葬式ごっこ

 自分の葬式のことを考えるとわくわくする。

 棺に納まった私の身体を、生きた今の私が俯瞰する。死んだ私は未だ19歳、可愛想に、これからもっと綺麗になって、素敵な恋をするはずだったのに、というのは桐箱を囲むご親族のご意見、しかし死んだ本人はむしろ勝ち逃げ気分。だって私の身体、これからくずれていくばかりだし、恋が素敵じゃなくなっていく様は、もう知っている。

 その時の私はもう誰のものでもない。誰にも触れられることがない。誰かの指に優しく応える弾力も、もう既に失ってしまっている。人生のうちでもっとも丁重に扱われている私の身体は、なのに同時に、見世物みたいにあさましく、人目に晒されて、血を抜かれ、白く、硬く、あわれな標本のように長方形に箱詰めされている。その時の私こそ、生きていた時のいつよりも、時価が高い。19で時に捕まえられて、若さを死にピン留めされて、人生において瞬間最大量の、同情と、羨望を集める。ああそんな特別な日には、何を着よう。幽霊みたいな白装束なんて嫌だ。今日と同じ、白いワンピースを着る。リボンをストラップ代わりに結ぶ、白いヒール靴を履く。顔の周りを包む花、菊、なんて嫌だ。白い造花を。死んだ私の隣には、匂いのしない、腐りもしない、死んだ冷たい花を。あと棺には何を入れる? 死んだら歩くとか、三途の川を渡るとか信じていないので、杖も小銭も要らない。来世の魂のことなんかじゃなくて、現世の身体が大事。思い切り見栄張って、気に入りのシルバー全部、放り込もう。斎場の蛍光灯の、健全な白い光をはね返す金属は、死体の肌の無機質な青白さを、更に引き立たせるだろう。

 こんなわがまま許されるのかな。許されるよ、若いんだから。遺書に書いておけばパパもママも、かわいそうな娘の言うことを実行してくれるはずだ。死因は……病死がいい。不慮の事故もそそるけれど、身体が粉々になるのじゃ計画が台無し。病気といってもダラダラ入院しないで、わりとあっさり往くのがいい。突然じゃないと悲劇っぽくないし、葬式の前に、皆様に悲嘆の予行演習をされつくすのも、つまらない。イベントはいつだって、サプライズじゃないと……。そう、イベント。結婚式もしなかった私にとってはたった一度の大イベントなのだから、花嫁よりも美しくないといけない。その日だけは、その日一日だけは、自分だけが特別になりたい。「死」というズルい手段で一足飛び、斎場に集まる他のどの女の子よりも、綺麗じゃないと、納得できない。

 ねえ何人、泣いてくれるだろう。やっぱり、女の子は泣くだろな。女友達の少ない私、頭に浮かぶ顔を数えて、片手の指が余ってしまってがっくりする……でもむしろ少ないほうがいい。浅い付き合いの子に下手に泣かれて騒がしいより。ああでも、実は密かに私に憧れていた後輩の子なんかがいて、泣いてくれるだろうか。そういうのは、嫌いじゃない。男の子達は、心の中でひっそり泣くのだろうか。今の彼氏だけは、堂々と泣けるんだろうな。こいつにその役がまわってくるのも癪だけど。……もしかしたら死んだ私の棺に堂々ととりすがることができるのも、こいつだけ。あたしが突然死ぬなんて、というか、人が突然死ぬなんてことを呑み込めてないこいつは、もう触れられないほど遠くへ行ってしまった私の身体に往生際悪くすがりついて……。

 さわらないでよ。

 ぞわりと起こった嫌悪の波が表皮を伝って、私の眼を開けた。そいつの右手は私へ向かって伸びていて、鎖骨の端に触れていた。私の中のデリケートなフィクションは、この手によって、台無しになった。

 私は、まるで棺の中におさまっているかのように、仰向けで、ベッドの中心線に沿って、まっすぐ横たわっていた。その上にかぶさるこいつの背中の上にはラブホ特有のいやらしい色の照明があって、こいつの顔は逆光によって、赤黒く不気味に、陰影が強調されていた。汗のせいで、まるで焼く前の焼き肉のように、下品に、ぬらぬらと、照り光っている。

 ベッドサイドテーブルにあった花束が目に入り、今日は私の誕生日だったことを思い出した。今日贈られたもの、してもらったこと、どれも気に入らないわけではないのに、残念ながら全部陳腐なものに感じられてきた。白いフィクションの前では……。あいつが予約してくれたイタリアンはおいしかったし、コースだからデザートも出たし、その上、たまたま見つけたケーキ屋で、せがんでケーキまでおごってもらったのに、なんだか、肥えさせられている愚かな豚みたいな気分になって来て、胃の中の過剰な生クリーム、のしかかるこいつの肩の上に吐き出したくなる。指輪は、私のリクエストした通りの、大好きなブランドのものだったけれど、残念ながら色が違った。白は売り切れだった。それでも「ピンクのほうが可愛い!」と嬌声をあげた私、光りものにカアカアと飛びつくカラスだと思って自分でぞっとした。名前を聞いても覚えられなかった、私の知らない洒落た名の花。何軒も花屋をまわって私のイメージぴったりの花を探した、という。匂いの強くて、うっかりおしべを触ってしまったら黄色い粉がべとりと指先について、こすってもとれない、ピンクや赤の花。確かに私らしい色……そう私は持ち物はピンクばかりだし、自分でもその色が似合うと思うのだ、生きている私には。彼氏が悪いわけじゃない、でも、今日、今、何がご不満?――部屋のライトの、色?

 特別な日、私だけの誕生日なはずなのに。お決まりの痕跡をつけていくただのスペシャルなデートコースがただの誕生日をなぞって、このベッドの上で終わる。……これが何よりの幸せだった時もあった。甘いケーキでおびき寄せられ、可愛い花で飾られて……その後にまんまとこの上へ寝かしつけられることが。ただのこいつの彼女になることが。でも今は……。甘い愛撫であったはずのものも、たちまちぞわりと、不快なざらつきに。触れられ、匂いをつけられ、ただの彼女に落ちていくことが、我慢できない。……こうやって平たい毎日を過ごしながら、若さを浪費するんだ。うまく使いこなせないなら、もう諦めて、冷凍庫に閉じ込めたい。完璧な標本になりたい。これは多分遺書に書いても無理だろうけど、本当は火葬なんてされずに、棺ごと冷凍保存されたい。天国なんか行かなくていいから、現世で羨望の溜息をつかれたい。誰にも触れられぬままに、まるで、仮死状態の白雪姫のように。死ぬなら、雪が降る冬に死にたい。

 私の肌と相手の肌の間をじっとりと繋ぐ、夏の汗、分泌物、粘膜……相手のものにぴたりと吸いつく弾力をもった自分の子宮がうらめしかった。最大風量にしたエアコンの風に乗って、花束の濃い香りが流れ、私の鼻孔へ辿り着いた。血のような赤、粘膜色のピンク。ねえ、あんた、知ってる? 花って植物の性器なんだよ。

2008年 / 2,780字(8枚)

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